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岩本達夫氏からの報告



71回生の皆様


1)  今年の同窓会総会は、相変わらず苦しい資金繰りの状況が報告され、
愈々「基金」の一部取り崩しに入らざるを得なくなったことが明白になりました。
どこかの国のように、見えざる収入を絵に描いて「国債」を発行するといった
技は使えず、かといって、今度の選挙のどこかの党のように「〇〇税を上げる
検討を始めたい」等といったような同窓会費値上げを図るわけにもいかず、
結局今年度予算については「基金」の一部取り崩しによってカヴァーする
方策を採っているようです。

2)  もっとも、予算上の支出増の部分は、学校に対する支援項目に充当
させようとするもので、後に触れます地域中学生の他地域高校への流出問題
への対応と絡めてやむを得ないのではと思われるところです。

3)  上記2)に記した状況も踏まえ、現在、県内高等学校の再編化と一部
高等学校において「中高一貫性(6年制)」の検討が始まっており、清陵自体も
その検討に入っている状況があることです。同窓会も小原前校長(69回生)を
ヘッドとした検討を行っており、学校側に対しては「推進」の方向とすべき旨
答申しているとのことでした。

4)  総会質疑の中で「受験結果の向上を目途とする体制作りは如何なものか」
とか「過去清陵生の心身育成に多大に貢献してきた[地方会]の存立を否定する
べきではない」等の意見がだされましたが、現学校長から、「受験の結果の可否
は目的に非ず。理想の清陵生を時間をかけて育てていくことが目的であり、その
中では、生徒一人一人に自らの適性を時間をかけて発見せしむる余地をもたらす
ことも含めて人間形成の部分を大きく考えていきたい。」との発言があり、加えて
「意見として出されているテーマについては「熟考」を重ねており、充分配慮しつつ
対応したい。」との発言があり、同窓会としてもこの方向性を了承致しました。

5)  総会後の講演会は「永遠のテーマ」である「第二校歌」の解釈、意味する
処、「一体我々清陵生(OBを含む)はきちんと意味を理解して歌い痴れている
のか」というのがテーマでした。あの勇壮な第一校歌の後の短調に変じた第二
校歌を歌うことが、心の何処かに「自分が所謂大人になった」ような感覚、当然
その時点では大いなる「錯覚」であったかもしれないものではあるが、社会生活
の仲間入りをし、「天下国家」を見据えていかなければならないという「少し成長
した自分と向き合えるような感覚」を持ったことも確かでした。

6)  矢張り明解な解釈(大学教授による)を聞いていると、随分稚拙な理解を
していた部分も多く、赤面するところ大でしたが、講演会に出ていた赤羽君、後藤
君、小林君同様、解釈が進むに従って「何かしらはっきりとは断定出来ないような
[高揚感]に浸りました。

7)  総会後の懇親会は、同年会メンバーでは上記お三方と小生の4名が出席
致しました。何となくこの懇親会は、とっても古い常連メンバーの方々と、当番
幹事、及び次年度幹事の年代の同年会のようなパターンになりつつあります。
衆議院議員になっている矢崎公二君が来ていましたが、この場で民主党の為の
選挙運動はまかりならん旨強く言っておきました。(小生は決して自民党でも
何でもありませんが、同窓会の場を選挙運動に使うことはどうしても許せなかった
ので)

8)  上記感触もあり、若干早目に懇親会を抜け出し、4人で皆が待っている仙岳
に向かいました。今年も渋江さんのご尽力により初めての参加という方も含め17名
が参加し、お互いの変貌を確認しながら近況を報告したり、数人で固まって一つの
テーマを論じ合ったり致しました。わざわざ松澤君のように大阪から駆け付けて
くれた人もおり、何人かの人の消息も聞くことが出来ました。最後は、宮下君の
木遣り(上社風)で盛り上げ、赤羽君の手締めで解散致しました。高橋君(高天)
がうまい酒を持参してくれたので皆で大いに楽しませて貰いました。来年は人数分
だけ持参してくれるとのことですので、着席する時に「飲ま(め)ない人」を出席者
名簿で調べておいて・・・というようなことも考えた次第です。


9)  これは偏に一昨年の同年会における小生の発言内容が原因と思われますが、
皆の話す内容の半分以上が病気、疾病の話で、色気の無いこと夥しいところでした
が、改めて我々の同年には、医学においてその道を極めた人材が多くいるでは
ないかということを痛感致しました。60歳を過ぎるとどうしても医者に頼る場面が
増えて来ますが、特に故郷、東京にはきわめて専門的な、頼りになる同年の医者
達がいるな!ということを今回皆の話の節々に感じました。いや!医者ばかりでなく
夫々病気を克服する為に何をやってきたかという話を聞けるだけでも物凄く有難い
ことだと感じた次第です。   それというのも、小生、如何ように努力してもちっとも
痩せない状況が続いており、皆が一目見た途端100%その点を指摘してきました。


10)  今年10月の東京同年会、来年6月の同年会の時にはきっと皆に良い報告が
出来るよう頑張ろうと固く誓った次第であります。



11)  仙岳で粘れるだけ粘った後解散したわけですが、一部のメンバーが昨年も
突入した「・・シェリ」なるところへ又々突入し、今年は数曲カラオケを歌ったりして
意外と早目に撤収致しました。御子柴君のテンションが大分上がっていたのが
目立ちましたが、宮下君のいつもの「・・ネタ」が今一つ切れず、後藤君の縄文、
ユダヤの激論も余り見られなかったようです。小生も何となくちんまりと後藤君
相手に一端の人生観等をのたまっていたようです。  矢張り、つい論戦を仕掛け
たくなるテーマが中々出て来なかったということと、酒が入ると(入らなくてもか)
舌鋒鋭くなる磯野さんが今年は事情があって参加されていなかった ことも一つの
原因かなーと思った次第であります。


12)  皆が67歳になった時の御柱の際に元気で顔を合わせられるよう、一年一年
夫々の努力をして健康に気をつけ、毎年6月、10月の同年会にてお互い良かったね
と言えるよう過ごしていきたいものです。


13)  そうそう、皆様に諏訪人の原点を考える良い材料と思われる本を一冊紹介
致します。この本は、郷土史学の専門家では無い「寺田鎮子」さんと「鷲尾哲太」
さんのお二人が、茅野在住であった故原田哲郎さんに触発され「諏訪信仰」に
ついて色々なものに触れ纏め上げたものです。地理学上の諏訪の持つ意味合いと
建御名方神の諏訪入りとの微妙な接点をどのように理解していくべきなのかを
提起している本だと思います。縄文と南方性文明の接触(ユダヤを含むかどうか
については問題提起されていないように思えますが。)が諏訪をどう形成していった
のかを論じている内容です。小生の読み方が甘い可能性も大きいのですが、
内容的にも面白い部分が多く、自分でも色々確かめてみたくなるような感じです。

  本の名前: 諏訪明神‐‐‐カミ信仰の原像

  著者   : 寺田鎮子、鷲尾哲太

  出版社  : 岩田 書店

  発行日  : 平成22年3月 第1刷 1,600部発行

  値段   : 2,400円+税


以上、くどくどと書き捲りましたが、来年は音信不通だった人達も出来るだけ
探し出し、皆で顔を合わせることが出来ますよう祈念するところであります。



71回生 岩本 達雄